オルかな代表みつはしです。
いつもオルかな公式ブログを見ていただき、ありがとうございます。
今日は子どもの日ですね。
今日は全国各地にて、子どもへの熱い想いを持つ仲間たちが、イベントを開催します。
詳細は、なな草さんがまとめてくださった記事をご覧いただき、お近くでの開催があれば、ぜひご参加ください。
近年、子どもへのまなざしがどんどん厳しく、おかしな方向へ向いています。
少子高齢化と言われ続けている危機的状況の中で、大切な未来を担う子どもたちに対する「発達障害」の診断や認定が激増しています。特に、2005年からの「発達障害者支援法」開始が大きなきっかけとなっていることは周知の事実です。
今まで社会に埋もれてしまっていた発達障害のかたを支援するための法律、と言われていますが、一方で、子どもへの過剰な診断や精神薬投与が大きな問題になっています。
オルかなへの相談や報告の中にも、お子さんが発達障害ではないかと学校から言われて診断を受け、出された薬を飲ませたら余計に体調を崩して減断薬した、という内容が届いています。
多動、こだわり、感情のコントロールが苦手、集団にいられない、よくわからないことを話し続ける、注意してもきかない、夜寝ない。。これら学校や家庭などでの「不適応」な状態があると、教育現場職員や家族が、この子は発達障害ではないか?と心配し、療育センターや児童精神科への相談をすすめています。その診断基準はあいまいで、下記のようなチェックリストを主に用いて行われています。
adhd.co.jp
見ていただけましたでしょうか。「???」という文字が頭をめぐります。
私が子どもの頃、いやむしろ今だって、このチェックリストに書いてあることをクリアできていません。これを作った人たちは、子どもに何を求めているのでしょうか。
そして、ここに書いてあることができないからと言って、何か問題があるのでしょうか。薬を飲んでそれは治るのでしょうか。そうは思いません。
いつも笑顔で勉強も運動も集団行動もきちんとやり、教師や親の言うことを聞く。友人も多く規則正しい生活をして、学校に行くのが大好き。そんな子ども、むしろ不自然ではないでしょうか。過剰に適応しすぎてて、逆に心配です。
こういう「大人にとって」完璧な子どもを求めるならば、親をはじめとする周りの大人たちも、見本となるように同じく完璧でないとならないと思いますが。
・・・絶対無理ですよね。
大人が安心する、管理しやすい子どもを作りたいのかなあと思ってしまいます。
それってものすごい、子どもに対して失礼極まりないと思います。
考え方が極端でしょうか。
このような発言や発信をすると、以下のようなご意見や見解をいただきます。
「チェックリストだけですべてを判断してはいない。」
「相談に乗り、支援をしてはいるけど、精神薬は投与していない。」
「少量を必要分、慎重に投与している。」
「必要な子どもがいる。」
「診断がついたことで、不安だった親御さんや、子ども本人が安心できたと言っている」
このご意見について、皆さんはどう思われますか。
まず、お伝えしたいのは、
私たちは、発達障害と言われる子どもの状態や行動があることは知っているし、心ある学校や親御さんたち、医療関係者のみなさんが一生懸命、その子のためを思って関わっておられることも、十分理解しています。
しかしその判断や認定などを、そもそも医療の対象にすることへの疑問。
→ 教育で行うことではないか。医療につなげず教育理念の中でやっている学校もあります。
発達障害といわれるその状態の原因について考えているのか
→ 脳の機能障害であるといわれているが、証明されていない。
不適応な子どもを区別し、特別支援級と普通級にわけている学校が多いこと
→ なぜ分けるのか。一緒に学ぶ環境や人員体制にすることで、いろんな子がいるという社会そのものを学び、子ども同士で助け合えるのでは。
特別支援級に入ったり、障害の認定を受けなければ、学校や地域で手厚い支援が受けられない制度上のしくみへの疑問。
→ 支援を受けたいためにやむなく認定や服薬を同意している親御さんの声もあります。
子どもには教育を受ける権利があります。
子どもが自ら選べる「教育の選択肢」が少なすぎることも、大きな問題だと思います。
診断や認定を受けなくても利用できる場や制度をもっと増やすべきだし、今ある情報を、学校側はきちんと子どもたちに伝えているのでしょうか。
子どもへの精神薬投与については、いかなる理由があったとしても、私たち(全国オルタナティブ協議会、神奈川オルタナティブ協議会、関西オルタナティブ協議会)は、賛同できません。
脳と身体の基礎が作られる大事な時期に、精神薬を飲むことは害でしかありません。
その時その場の状態を抑えるために薬を使うよりも、その後の長い人生を考えて、私たち大人が余裕を持って見守り、結果や成長を焦らず、ともに成長していくにはどうしたらよいのか。一緒に考えて行きませんか。
オルかなは、親御さんや学校の責任を問いたいのではありません。私たちも含む、社会全体で子どもを育てるために、出来ることを探していきます。
今後は、子どもと一緒に参加できるイベントの開催や、いつでも集える拠点づくりを目指して行きます。
ちなみに私は、幼稚園が嫌で逃げ出したり、超!人見知りで集団行動も苦手でした。
思春期は親の言うことも全く聞かず、勉強もできず、反発して高校にもあまり行きませんでした。
でも、なんとかやっています。
ヒヤヒヤしながらもそっと見守ってくれた両親や、担任の先生、私が感じ悪いのに仲良くしてくれた友人たちがいてくれたからです。
この記事を読んでいる子どもたちへ。
精神薬を飲む前に。オルかなとつながってみませんか。
もちろん今、飲んでいても。話したいこと、聞きたいことはありませんか。
子どもの頃、こじらせてたけど、何とかやってるオルかなの大人たちが、わちゃわちゃしながら待ってます。
イベントでお待ちしています。