神奈川オルタナティブ協議会  【オルかな】公式ブログ

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5月21日開催・サードオピニオン会in二俣川のご報告。

去る5月21日㈰、【オルかな】主催のサードオピニオン会in二俣川が開催されました。
当日の様子をご紹介します。
MCは例によって中川聡(全国オルタナティブ協議会代表)。
冒頭、中川が自身の近況、具体的には自宅での母親の介護について語りました。
救急車やパトカーを呼ばれるほど不穏になった母親に「禁断の」向精神薬リスパダール
使って静かになってもらった体験などを紹介。また、最近になって名古屋クラブハウスに勤務してもらう人が決まったことなどを報告しました。
なお、今回初参加された中には精神科病院勤務時代の三橋淳子と面識のある方もいらっしゃいました。

会場での発言から(大意):
・母親が不穏になるときは大体おむつが汚れている。
 本音を言いたくないから騒いで見せている。
・当事者は婉曲な表現を使うものなので、
 本当のメッセージは身近にいる人にしかわからない。
・介護サービスのメニューに見守り、という一番欲しいものがない。
・高齢者が腰の痛みを訴えるときは、とりあえず点滴すれば軽減するらしい。
内海聡の『精神科医は今日もやりたい放題』、中身読んだら青天の霹靂だった。
・DV被害からのうつ病で強制入院に。強制入院は生け捕りのようだった。
・『やりたい放題』を読んで薬止めたという人は多い。
・強制入院になったときの主治医が準強制わいせつで逮捕とのニュース、
 やったーって大喜びしました。
睡眠薬中毒は恐ろしい、認知症になってしまうらしいじゃないですか、
 と言ったら主治医が「そうだ!」って。良心は?
・薬は意図的に減らさないとなくならない。
・「双極性障害薬物治療ガイドライン」・・・正直、進歩と言えるのかどうか。
 言い訳を強化したとみるのか。
統合失調症の定義とは・・・病気なのか、薬害なのか。
・ソーシャルアパートメントの提案・・・従来のシェアハウスは水回りも
 共用だったが、バス・トイレ・キッチンは各部屋に用意すべき。
精神疾患はお金をもらったり社会的環境が変わることで簡単に治ったりする。
・当事者向けの電話相談をしている。
 下手にアドバイスはせず、傾聴に徹することを心がけている。

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中谷宇吉郎(なかや うきちろう、1900-1962)は、
雪の結晶の研究で知られ、世界で初めて人工雪の製作に成功した物理学者です。
中谷の、1958年に出版された著作『科学の方法』からの引用をご紹介します。

・・・もちろん科学は、非常に力強いものではあるが、科学が力強いというのは、
ある限界の中での話であって、その限界の外では、案外に無力なものであることを、
つい忘れがちになっている。
いわゆる科学万能的なものの考え方が、この頃の風潮になっているが、それには、
科学の成果に幻惑されている点が、かなりあるように思われる。
これは何も人生問題というような高尚な話ではなく、自然現象においても、必ずしも
すべての問題が、科学で解決できるとは限らないのである。
今日の科学の進歩は、いろいろな自然現象の中から、今日の科学に適した問題を抜き出して、それを解決していると見た方が妥当である。
もっとくわしくいえば、現代の科学の方法が、その実態を調べるのに非常に有利であるもの、すなわち自然現象の中のそういう特殊な面が、科学によって開発されているのである。

・・・(中略)・・・

問題の種類によっては、もっと簡単な自然現象でも、科学が取り上げ得ない問題がある。
これは科学が無力であるからではなく、科学が取り上げるには、場ちがいの問題なのである。自然科学というものは、自然のすべてを知っている、あるいは知るべき学問ではない。
自然現象の中から、科学が取り扱い得る面だけを抜き出して、その面に当てはめるべき
学問である。そういうことを知っておれば、いわゆる科学万能的な考え方に陥る心配はない。科学の内容をよく知らない人の方が、かえって科学の力を過大評価する傾向があるが、
それは科学の限界がよくわかっていないからである。

・・・(中略)・・・

一枚の紙について、それがひらひらと舞いながら落ちて行く落ち方となると、
これは非常に困難な問題である。いわんやテレビ塔の天辺から、一枚の紙を落した場合、
それがどこへ飛んで行くかという問題になると、これは現在の科学がいくら進歩しても
解けない問題であるといった方が早道である。
いくら進歩してもというのは少しいいすぎかもしれないが、少くとも火星へ行ける日が
きても、テレビ塔から落した紙の行方を予言することはできないことは確かである。
紙の落ち方が、なぜむつかしい問題であるかというと、それは非常に不安定な運動である点
にある。ちょっとのことで、あっちにひらり、こっちにひらりとするわけで、そういう
不安定な条件のもとでの運動というような現象は、現代の科学では取り扱いにくい問題
なのである。
・・・(中略)・・・
火星へ行ける日がきても、テレビ塔の天辺から落ちる紙の行方を知ることはできない
というところに、科学の偉大さと、その限界とがある。
岩波新書『科学の方法』中谷宇吉郎著 より)

本書が出版された1958年とはどのような時代だったのでしょうか。
1953年にワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を発見。
1957年にはソ連が人類初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功。
強い現実的証明を目の当たりにして、世の中が科学万能論に沸き立っていた時代と言えるでしょう。日本で手塚治虫の漫画『鉄腕アトム』がヒットしていたのもこの頃です。
そうした中、他でもない第一線の科学者の一人として中谷は、冷静な視点からのメッセージを発しておきたかったのでしょう。
その後、60年代以降に日本の社会は深刻な環境汚染や公害など科学の負の側面を
さまざまな形で経験し、その学習効果もあってか、さすがに現代ではかつてのような
素朴な科学万能論は鳴りを潜めたかのように見えます。
最新の人工知能ChatGPTに対しても、登場から時をおかずして疑問や批判の声が
立ち上がり、手放しで礼賛する人は不見識のそしりを逃れ得ない雰囲気です。
ただ、その一方で医療分野においては前時代的な科学万能論じみた言説が根強く
幅を利かせているように思われます。
実際、「精神疾患を薬で治療する」「がんを薬や放射線、手術で治療する」などと
いうことは、中谷の言葉を借りれば「テレビ塔の天辺から、一枚の紙を落した場合、
それがどこへ飛んで行くかという問題」のような、「科学が取り上げ得ない問題」
「科学が取り上げるには、場ちがいの問題」を科学的手法で解決しようと試みる
にも等しい愚行なのではないでしょうか。それは、虚心坦懐にこれまでの実績を
振り返ってみれば明らかなはずです。
本当の意味で精神疾患を治療する薬、がんを治療する薬などといいうものは
いかに巨費を投じて研究を続けたところで、23世紀になっても実現することは
ないでしょう。
「火星へ行ける日がきても、テレビ塔の天辺から落ちる紙の行方を知ることはできない」
という55年前の中谷宇吉郎の言葉をわれわれは今一度、噛み締めて反芻する必要がある
のではないでしょうか。
(オルかな事務局 黒柳)